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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)6537号 判決 1999年12月21日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し200万円およびこれに対する平成11年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は平成10年9月11日被告との間で別紙物件目録<略>、の土地建物を代金4,300万円で買い受けることを合意し、被告に手付金200万円を支払った。

2  右売買契約には、買主への銀行融資不可能の場合は無条件で解約し、売主は預かった手付金を返還するとの約定があった。原告は売買代金のうち3,350万円を金融機関からの借入れでまかなうつもりであり、被告もそれを了解していた。

3  原告は右3,350万円の融資が受けられなかったとして、被告に対し平成10年12月11日手付金200万円の返還を請求したが被告はこれを拒絶した。原告は被告に対し平成11年3月5日再度200万円を返還するよう請求したが被告はこれも拒絶した。

4  原告は、銀行融資が不可能となったので契約は無条件で解約されたとし、被告に対し手付金200万円の返還およびこれに対する催告の後である平成11年3月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを被告に求める。

二  争点

「銀行融資不可能の場合」という契約文言の意味と本件へのあてはめ

(原告の主張)

原告が当初予定していた条件による借入れはできず、結局3,350万円の融資が受けられなかったのだから、約定に基づき本件契約は無条件で解約となり、被告は手付金200万円を返還しなければならない。

(被告の主張)

原告は結果的に大阪信用金庫から3,000万円の融資が受けられることとなった。ただそれでも原告の希望額より350万円少なかったので、被告は売買代金から80万円値引きし、残額270万円も融資でまかなうという条件を申し入れた。

しかし原告は平成10年11月末ころ「醒めてきた」として一方的に契約解除を主張したので、被告は手付けの放棄による解約(民法557条1項)と解し手付金200万円を没収した。

第三  争点に対する判断

一  本件売買契約締結の経緯について証拠により認められる事実は次のとおりである。

1  原告は門真市宮野町で10年以上にわたり店舗を貸借して呉服屋を営業してきた。家賃は年間約240万円であった。原告は自宅も賃借しており、その家賃は月額10万円であった。(甲4、原告)

2  被告は不動産売買、仲介等を業とする会社であり原告の店舗の近くで営業している(証人乙本)。

3  平成10年9月ころ、原告の店舗の近所にある中古の店舗つき住宅(本件物件)を被告が売りに出し、その看板を見た原告は被告に連絡をとった。交渉の結果、被告の担当者乙本一男は、代金4,500万円から200万円を値引きして4,300万円で売却することとし、平成10年9月11日本件売買契約が締結され、原告は手付金200万円を被告に支払った。原告の資金繰りがつけば2週間ほどで本件物件を引き渡すことができるはずだった。(<証拠略>)

4  原告は、本件物件はあくまでも店舗として使用するつもりであり、いまの店舗のために支払っている年間の家賃と同程度の金額を支払って本件物件を購入したいと考えた。そのための資金計画は次のように見積もっていた。

<1> 自宅とする予定で手付金を支払っていたマンションが売主の都合で設計変更になり解約となったことによる手付金返還金 400万円

<2> 公的機関からの借入れ 1,000万円

<3> 銀行融資 3,350万円

右合計額は4,750万円となるが、売買代金のほかに店舗移転費用、内装費用を入れるとこの金額が必要であると原告は考えた。(甲4、原告)

5  原告は契約締結にあたって右の資金計画を乙本に説明し、銀行融資が不可能の場合は無条件で解約するとの前記争いのない事実記載の約定のほかに、特別に「マンション手付金400万円が返金されなかった場合と中小企業より借り入れが不可能になった場合(注・公的融資の意味)は無条件にて解約するものとする」との条項を契約内容とすることを合意し、契約書に手書きで書き入れた。なお、「銀行融資不可能の場合」という条項をあらかじめ契約用紙に印刷されていた。

銀行融資について、原告は3,350万円を返済期間25年で借り入れることを希望しており、乙本にも説明したが、金利等それ以上くわしいことは話題にならなかった。また、原告は右の条件で融資が受けられなければ売買はとりやめるとは言っておらず、そのため、銀行融資の見込み金額、返済条件等くわしい内容は契約書には記載されなかった。(<証拠略>)

6  銀行融資については被告が手続をとることになっていたので、被告は原告のため平成10年9月15日ころ被告の取引銀行である大阪信用金庫守口東支店に右3,350万円の銀行融資を申し込んだが、同信金は審査の結果、融資額は3,000万円、返済期間15年間という回答をした。この説明を受けた原告がこれでは困るというので、やはり被告の取引銀行である関西銀行大和田支店に同年10月9日ころ融資を申し込んだが、同銀行は審査の結果2,500万円しか貸せないとの回答だった。

乙本が原告にこの回答を伝えると、原告は乙本に対しもう一度大阪信金に融資を申し込んでほしいと頼んだので、乙本は同年11月2日ころあらためて大阪信金守口東支店に融資を申し込み、再考を促した。その際、大阪信金からは、融資条件見直しのためには追加の資料が必要であるといわれたので、乙本はそれを原告に伝え、原告は追加の資料をそろえて提出した。大阪信金はそれでも3,000万円しか貸せないという回答だったが、毎月3万円の積立預金をするなどの条件により、金利年2.2パーセントで返済期間を20年間にすることを承認した。(<証拠略>)

7  乙本がこの結果を原告に伝えると、原告はそれなら購入をあきらめるとして契約解消を申し入れた。乙本は原告に再考を促し、同年11月20日ころ原告を被告事務所に呼び、被告代表取締役を交えて、不足金350万円のうち270万円を被告が保証して水都信用金庫から借り入れ、残額80万円はさらに値引きするという提案をした。しかし原告はこの提案を断り、あくまでも契約解消を主張した。(<証拠略>)

二  「銀行融資が不可能の場合」の意味について

原告は次のように主張する。大阪信金が最終的に承認した条件は金利年2.2パーセントで3,000万円を返済期間20年間で融資するというものだったので、毎月の返済は15万4,000円余りになり、そのほかに毎月3万円の積立預金が必要になる。そして被告の提案による270万円の融資も返済期間7年間ということだったので、金利年2.2パーセントとしても毎月の返済は3万4,000円余りとなる。そうなると毎月の返済額は原告の当初の見積りであった15万2,000円余りという金額より大幅に増えてしまう。したがって、本件は「銀行融資不可能の場合」にあたる、と。

右の原告の主張の趣旨は、契約当時において、3,350万円という融資金額のほかに、返済条件についても合意が成立していた、しかしその条件をみたす融資が承認されなかったので「銀行融資不可能の場合」にあたる、というものであると解される。そこで、契約締結時に原告と被告との間でそのような合意があったかどうかを検討する。

前記の事実によれば、契約締結時に「3,350万円を返済期間25年間で」という話が出ていたのはたしかである。しかし一方で次の事実が指摘できる。

<1>  原告は契約締結時には金利等細かい返済条件の話をしていない。

<2>  原告が予定していた資金手当てのうち、マンション手付金の返還や公的機関からの借入れについてはわざわざ契約書に手書きで記載してそれが合意内容になっていることを確認しているのに、銀行融資の金額や返済条件については契約書には一切記載をしていない。

<3>  原告は被告のすすめで3回にわたって被告の取引銀行に融資の申込みをしている。特に、関西銀行が承認した融資の金額が2,500万円であるという回答を乙本から聞いたときは、最初の大阪信金の承認額が3,000万円にすぎなかったにもかかわらず、乙本に対し再度大阪信金に融資を申し込んでほしいと頼み、追加資料の提出にも積極的に応じている。

右の<1>ないし<3>の事実によれば、原告の主張するような細かい融資条件が契約締結時に両当事者間で合意されていたとはとても認めることができないし、その後の交渉の過程においても、<3>でみたように原告は大阪信金の最初の承認額が3,000万円であることを知りながら再度大阪信金に融資の申込みをすることにしているのであって、3,350万円という金額が絶対的な条件であったとは認めることができない。以上によれば、契約締結時に出ていた「3,350万円を25年間で」という条件はあくまでもひとつの目安にすぎず、その後の状況によってその条件が変化することは当然想定されていたと判断できる。

三  本件は「銀行融資不可能の場合」にあたるか。

そこで次に、以上を前提に、本件が「銀行融資不可能の場合」にあたるかどうかを検討する。まず時期についてみる。本件売買契約の締結は平成10年9月11日であった。その後原告は銀行融資を受けるため同年11月中旬ころまで融資の申込手続をしていたのであり、乙本が原告に被告からの貸付等の提案をした11月20日ころという時点は、大阪信金からの最終回答があってまもなくだったのであるから、原告にとってもこの時期が当初予定していた時期より著しく遅れた時期であったとはいえない。原告は、12月中にそれまでの店舗で閉店セールをしたかったので時期的にもおそくなりすぎていたと供述するが、融資が得られさえすれば2週間ほどで引渡しはできたのであるから、11月下旬という時期が原告にとって不都合であったとはいえない。したがって時期の観点からみれば銀行融資不可能と判断することはできない。

次に具体的な融資の可能性についてみる。前記の事実によれば、11月20日ころの時点において、大阪信金から3,000万円、水都信用金から270万円の融資が受けられる現実的な可能性があり、かつ80万円は被告が値引きをするということだったのであるから、原告が当初予定していた銀行融資3,350万円という金額はみたされていたといえる。返済条件については、たしかに原告が当初想定していた月額15万円あまりという金額はかなり超えることになるが、それでも毎月の返済額は総額で約22万円程度にすぎず、原告のそれまでの家賃の支払いとそれほどへだたった金額ではない。そして、二で判断したように、銀行融資の条件については細かい点についてまで合意がされていたわけではなく、契約後の状況によって変更することも想定されていたのであるから、平成10年11月20日ころの被告の提案に基づく返済条件は当初の想定の範囲内に十分入るものといえる。したがって、本件売買契約締結当時の原告と被告との間の合意に基づけば、この時点において銀行融資は可能な状態であったといえるのであり、「銀行融資不可能の場合」にはあたらない。

このように、平成10年11月20日ころに被告からの融資の提案があった時点においてはまだ「銀行融資不可能」という状態にはなっていなかったのであり、右時点において原告の側から交渉を打ち切り契約解消を申し入れることは、「銀行融資不可能の場合は無条件で解約する」という条項に基づくものとはいえない。そうであれば、この原告の申入れは手付金の放棄による解約申入れであると解釈せざるをえない。

四  結論

原告は、銀行融資が不可能となったので約定に基づき本件売買契約は解約されたと主張するが、原告が解約を申し入れた時点ではまだ銀行融資が不可能となっていたとは認められないから、右約定を根拠とする原告からの解約は理由がなく、原告の解約の主張は手付金の放棄による解約申入れと解される。よって被告は手付金を没収することができ、手付金返還を求める原告の本訴請求は理由がない。

(裁判官 倉地康弘)

(別紙)物件目録<略>

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